誕生日のメッセージ、暖かいお言葉を本当にありがとうございました〜気がつけば。。。HAPPY❤️。

先日8/21は暖かいお言葉、メッセージを本当に本当にありがとうございました。日中ずっと曲を考えて、出来たのは良いけど今度は難しくて弾けない&歌えない(涙)!練習してやっと通して出来るようになり、まだ完全では無く危なっかしいのですが、1日の成果をぜひ聴いていただきたくアップしてみました。きれいな音で録りましたらまた、ぜひお聴きになってみてくださいませね。

一日中音楽とともに在った誕生日、優しいたくさんの言葉やお気持ちに感動した一日。

あのー、なんか私、

気がつけば超HAPPY❤️😍❤️💕

です。この気持ちをこれからも音楽で御返ししてゆけることを、その想いをあらためて胸に刻んだ誕生日でした。本当に、本当にありがとうございました。

昨日と今日の記事のなんとも言えず可愛らしく美しい図案は、S・Aさま(8/21)とO・Mさま(8/23)が昨年の30周年ライブの時に作ってくださった楽譜入れなのです。見ているだけで気持ちが上がり、曲を作りたくなってくるのです!S・Aさま、O・Mさま、素晴らしい手の仕事から受ける「作る」インスピレーションが、その愛が私にいつも勇気を与えてくださっていることに。。。心から、心から感謝いたします。どうもありがとうございます。

来年は(って気が早❗️)55だ!GO GO❣️❣️

誕生日に、神様への賛美を書きました🎶〜「聖き心に」。

「私」に音楽を与えてくださった神様に、誕生日に「私」からの賛美を贈りたいと思います!

「聖き心に」

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神の御手に総てを委ね、生きてゆく歓び。

その光はこの地を照らし、吾が胸に満ちる。

芳しき花 咲きみだれて

琥珀の輝くように

吾が主よ、御胸に護り給え。

力弱き人の子が、どうか

強きものに、雄々しきものに

生まれ変わる為に、

神の御子の限りなき愛ゆえに、

証を立てるために。

いと高き道 踏みおこない

御国の成されるときに、

吾が主よ、その地に招き給え。

遍く光の満ちる国へ。

その御前に、聖き心に

生まれゆく明日に

神の御名を崇め讃える為に、

愛を歌わせ給え。

(Aug.21.2019.)

明日誕生日だしセルフポートレート撮ってみましたin my house again.

自分をネタにして遊ぶ54さい、今はまだ53歳。先日Anthony Kiedisが非常に知的な人であることに(今更)ビックリしてInterviewをいろいろ観てみたら、本当に語彙の豊富な知的な人でもう一度ビックリしました。“Can’t Stop”のリリックをまじまじと読んでみなかったら今も「レッチリのあのぶっ飛んでるヴォーカルのお兄ちゃん」と思っていたことでしょうが、今やすっかりファンになり尊敬の対象となりました❤️(←単純。。)。聖書の素養=ギリシャ語、ヘブライ語、ラテン語の素養であって、英語という言語はそこから発生したものだから突き詰めて学べば聖書に行き着く。。。その順番も解ってきた気がしました。

神は言葉であり、言葉は神だから、言葉において音、は神聖なんですネ。だから賛美を歌うのが大事なのだし、音楽をやる本質的な理由はそこに在る、と今さらながら自覚されてまいりました(遅っ😭!)しかし、まさかRed Hot Chili Peppersのリリックにそんなことを教わるとは思っていませんでした!(というかAnthony Kiedis私より年上だった!なんか10コぐらい下かと(勝手に)思ってた、「言葉」はその人の魅力や本質を過たず伝える、ことをあらためて識ったような想い、よし、54からの目標は「言葉」だ!。。。と今決まった。)

ナニを言っているのかわからなくなって来たので今日のところは失礼いたします。バースデイEveにひとつ言えることは、今、大変満ち足りた想いがしていて、この場所に引っ越して来てよかったし、来月の2回のライブのこと、9月にViSionsの5 Songs EPの仕上がり(←最高です❤️。)を聴いていただけることを考えるとワクワクするし、

NOW RECORDING;atあきる野333分の1STUDio.

NOW RECORDING;atあきる野333分の1STUDio.2.

926横浜THUMBS UPにてLarry John MacNallyさんのライブにゲスト出演致します!

鈴木祥子デビュー31周年記念ソロライブ「旅立つことを決めれば」

そんなふうに思わせてくれる方たちに心から感謝したくてたまらない、そんな気持ちなのです。Let music be the great communicator,use two sticks to make it in the nature!

新曲をそろそろ録ろう!とも思っております。Let’s move on to The BEARFOREST hymnal book!

昨日作った新曲です。タイトルは「オリーブの樹の下で」。

新曲「オリーブの樹の下で」に歌詞を書きました

(そうそう、この曲は「ゼカリヤ書(Zechariah)」に出て来る

油注がれた二本のオリーブの樹=Two olive- trees

という言葉に影響されて書いたのです。

「エゼキエル書」の

Two sticksと

来日記念🌶🌶🌶❣️破天荒のなかの優美〜Red Hot Chili Peppers “Can’t Stop”のリリックの思いがけない深さと聖書の素養。

「ゼカリヤ書」の

Two olive-trees。。。

嬉しい、旧約つながりでAnthonyと(勝手に)気が合った😍❣️❣️(。。。。。)

油を注がれた

というのは

「神様の信頼を受けて使命をいただいた」

ことの暗喩なのですネ。その喜びの気持ちをストレートなラブ・ソングの形にしてみました。賛美を書くのはラブソングを書くのと本当によく似ています。

これは全地の主の御前に立つ、二人の油注がれた人たちである。(Zechariah4:14)

ーThese are the two sons of oil,that stand before the Lord of the whole earth.

ロックでラウドなヴァージョンにしたいナー!レッチリみたいに💕🌶🌶🌶。

どうか、どうか御期待くださいませ❤️

“時間”を可視化させる弾き語り〜SANDY DENNY,”THE LADY”.

Sandy!この人の弾き語りが私の理想で目標なのです。

はあ。。。もう。。。

何か文句ある⁉️

ってくらいの堂々たる弾き語り。。。何が凄いといって、この人の歌と演奏には

時間が流れている。

そう感じます。

何をしてたって時間が流れてるのは当たり前なのだけど。。。音、に

時間、を可視化させることが出来るのは私の中では

SANDY DENNY とか

JOHN COLTRANEとか

GLENN GOULDとか

凄く限られた音楽家だけで、SANDYの独自さはやはりピアノや12弦ギターの弾き語り、音数を非常に抑えた演奏の中でこそ発揮される。。。と思います。彼女の名を世に知らしめたFAIRPORT(CONVENTION)の男たちはそれをよく理解していて、彼女のヴォーカルを最大限に生かした名演をたくさん残しました。そのためかSandyの人生はフェアポートの紅一点女性ヴォーカル。。。として語られることがとても多いですネ。

後年ソロになった時、オーバー・プロデュースされて良さが全然出なくなっていったのは本当に気の毒。過度にロマンチックなストリングスとか、THE BANDふうのオフ・ビートなブラス・セクションとかゴスペルふうのコーラスとか、アメリカっぽいものはこの人には似合わないのです。徹頭徹尾イギリス的な、アイリッシュ・フォークやブリティッシュ・トラッドの正統的な流れを汲むアーティストでした。

Led Zeppelinの名曲

「The Battle Of Evermore」

への客演は名唱中の名唱、この人の声が曲そのものの幻想性を爆発的に引き上げている、と思います。中世の女教皇が来たりて歌ってる。。。みたい。

いろいろな女性歌手がSANDYのパートをRobert Plantとデュエットしているけど、いや〜この時の彼女に敵う人は居ないですネ。この声の“支配力”は凄いです。

この人の声にも曲にも、そんなに多くの音は必要無いのです。媚びたポップさも必要ありません。音と声の支配者=Commanderたる自分の価値を見誤ってしまったことが、若くして亡くなったSANDYの悲劇だった。。。と思えてならないのです。支配者が支配されてどうすんの、って話というか。。。この人の人生は女性のミュージシャンにとって、いや女性そのものにとって、大変大きな示唆を含んでいる、と思います。

(自分の「忘却」という曲はこの曲↑に影響されて書きました。

9/21はSANDYのような弾き語りが出来るように頑張ります💕。)

(追記。)

この曲”It suites me well“のリリックは船乗りが人生を語るストーリーなのですが、

Sandyはこの曲をEast Angliaのアクセントで歌っている、とコメント覧に書いてあります。

Angliaはラテン語でイングランド、イギリスのことだそう。

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/イースト・アングリア

北海。。。THE NORTH SEA…思わずそうそう!と膝を打ってしまいました。この人の曲や声には海の時間、が流れている、それが言いたかったのです。

太古の昔から満ち引きを繰り返してきた海の、あらゆる時間を観てきたーーとでも言うような独特のAncient感?がこの人の中には在って、世俗の世界を早くに立ち去ったのもあるいは(旅人としての)必然だったのか?ーーなどとも思えてくるのです。

来日記念🌶🌶🌶❣️破天荒のなかの優美〜Red Hot Chili Peppers “Can’t Stop”のリリックの思いがけない深さと聖書の素養。

Red Hot Chlli Peppersの名曲“Can’t Stop”を聴いたとき、あの見た目とあの音楽にもかかわらず(スミマセン。)非常にクリスチャン的な、思いがけない深さがあるのを感じました。

アメリカのミュージシャンはD‘Angeloのように実家が教会、という人も少なくなく、

Marvin Gayeのようにお父さんが牧師とか、

お母さんが敬虔なクリスチャンで小さい頃から教会で歌っていたElvis (Presley)のような人もいて、

キリスト教がそのアイデンティティーの根底に在る国であるのを強く感じさせられます。ロック・バンドのヴォーカリストに聖書の知識や教養があっても何ら不思議はありません。

しかし、レッチリのヴォーカリスト・Anthony Kiedisとなると、そのルックスと人を食った雰囲気、ジャンキーの誉れ高かった?生き方と音楽の過激さとのギャップにちょっとびっくりしてしまいます。

“Can‘t Stop“はリズムの強靭さと切れ味、バースで繰り出されるライムと、コーラス部分の叙情性のギャップも相まって大変に格好良い曲。リリックの語彙の豊富さと単語の選び方のセンスは、この方が(実は)非常に知的であることを物語っているように思えます。

曲の中盤あたりに

Use two sticks to make it in the nature

というフレーズがありますが、この

Two sticks

は旧約聖書の

「エゼキエル書」(Ezekiel38:15)

に登場します。日本語訳では

一本の木」、「別の木

英語では

“Take a stick to write on it,”

“Take another stick to write on it,”

と訳されており、

分断されていたイスラエルの国と民族を、神が再び一つに結び合わせる

という象徴が

二本の木=Two sticks

なのですね。

“主の言葉が私に臨んだ。

「人の子よ、あなたは一本の木を取り、その上に

『ユダおよびそれと結ばれたイスラエルの子らのために』

と書き記しなさい。また、別の木を取り、その上には

『エフライムの木でありヨセフおよびそれと結ばれたイスラエルの全家(ぜんか)のために』

と書き記しなさい。

それらを互いに近付けて一本の木としなさい。

それはあなたの手の中で一つとなる。”

(Ezekiel38:15〜18)

“Can’t Stop”のリリックではこの前に

Music the great communicator (音楽という偉大なコミュニケーター=伝達者)

というフレーズがある為、

人と人の結び付きを音楽によって自然に帰す」、

まさに

「イスラエル民族が神の前に再び結び合わされる」

のを背景としていること、

Two Sticks

の語句が聖書からの引用である、ことがハッキリとわかります。

さらにこの曲の主要テーマと思われるフレーズ

Can’t Stop the spirits when they need you

This life is more than just to read through.

この2行にも何処と無〜く聖書の影響を感じ取ることが出来ます。

Spirits

は魂、と訳されることもありますが英語圏において

「父と子と聖霊」=三位一体の神

聖霊」=Holy spirit

に表されるように、人間のもつ

霊性

を表す言葉なのですネ。このリリックは

霊性の求めを止めることは出来ない

この人生読み通せる以上のものである。

と、まさに聖句を思わせる荘厳な響きを持っています。

(“read”throughというところも「予測出来ない」「見通せる以上のものである」

意とともに聖書を「読む」ことを連想させます。聖書はそれ自体が

預言の書

でもあるので。。。)

有名なレッチリ🌶🌶🌶のヴォーカルのあのぶっ飛んだお兄ちゃん

。。。という凡庸な認識が歌詞を読んでビックリ🤩🤩根底から覆され、

永いこと誤解していて本当にすみませんでした。。。と、

「このお方をどなたと心得る❗️」

ははあ〜〜っ❗️❗️

と、思わず控えたくなるほど尊敬してしまった次第なのです。

格好良いなア😍。。。と思うのは、彼らのような過激なバンドのリリックに

普通に

聖書の語句が登場するところ。

ハードコアなジャンキー」

を自称していたこの方の書くリリックは大変に知的であり、その根底には(当然の様に)聖書の素養があることがわかりました。

そして聖句がロック・ミュージックの中に生かされる時、独特の深さと重みで以って音楽に奥行きを与えることは、メンタリティの底にFaithがあることの魅力であり武器だなア。。。と思えます。まさに

破天荒のなかの優美。

「ハ?そんなの常識じゃん。」

シレッ、とそう言い放ちそうな表情がまた、モラルとアンモラルのはざまで矛盾を抱えるアメリカのミュージシャンらしい不敵さであることよ。。。と、感に堪えないスズキなのでした。

(8/20追記。↑本当に理知的な人でした。ぶっ飛んでるお兄ちゃん、なんて言ってすみませんでした。He talks about very touching relationship story between his band RHCP and RAMONES.)

安息日に神様のホームワーク。〜女が愛に勝利する時、敗北する時。

森茉莉先生のことを著作のテーマにもしたことがあり、生前親しく交流した作家であり翻訳家の矢川澄子さんは澁澤龍彦夫人だったことでも有名で、豊かな語学力と非常な博識に加え、その透明感あふれる文体で

「永遠の少女」

とも呼ばれています。

いくつかの作品を澁澤龍彦との関係とその破綻、をテーマにして書いておられますが、私はその中のこの文章に

「。。。えっ??」

と思いました。

「わたしの直感にくるいがなければ、女はひとりぽっちでは飛べないものなのよ。」

(『兎とよばれた女』より。)

。。。この一文をどのように感じるかで、その人が女性、女についてどのような捉えかたをしているかわかるのじゃないか、と思います。

リトマス試験紙のような強力な文です。

私の感じた

「。。。えっ??」

をどう表現したら良いのか、

かすかな、しかし抜き難い違和感、

とでも言いましょうか。

わたし=スズキの直観にくるいがなければ、この方は

男との愛において何かの敗北したのだな、と思います。

少なくとも愛において何らかの深い挫折感をもちつづけていたのだろう、と。

終わり方がどうあれ、本当に愛し本当に惚れたら憎しみや恨み、というのは

いつしか燃やされ、滅ぼし尽くされて喜びや、感謝が残ります。

そこまで敗北するのも、敗北を認めるのも、そのプロセスも、

貴重なことです。

女として、と無防備な言葉をあえて使うとしたら、

愛においての敗北、それは小説のテーマになるほどのことでもあります。

ボヴァリー夫人、アンナ・カレーニナ、皆、完膚無きまでに敗北したではないですか。

。。。尤もそれを書いたのは男の作家、それもすぐれた文学者なので、

敗北を勲章として昇華させ作品化する、というようなタフな精神と文学性を

持たなかったとしても、女性だから、当事者だから、書けなくて当然、という

話かもしれません。

しかし、ならば森茉莉には何故それが出来たのか。

自分をモデルとし卑屈さのカケラも無く傲然と愛、について書けたのは何故なのか。

愛において勝利した、からじゃ無いでしょうか。

少なくとも森茉莉にとって、その愛が敗北、や挫折、とは無縁のものだったからでしょう。

それは愛が現実的な意味において成就した、ということを意味しません。

現実ではなく精神において=霊において勝利した、のです。

とにかく表現というものは恐ろしく、隠し立てということが出来ません。

全ては顕れる。どの様に表面を装ったところで、

白日の元に晒されてしまう。

自らの少女性を保存することと、女として男を愛することは相容れない、と思います。

両方欲しいのに欲しかったのに手に入らなかった、

のだとしたらそれは愛では無く自らの

が満たされない、ということになります。

欲は年齢とともに“自然に”消え去るものでは、恐ろしいことに、無いのです。

愛、を欲、と交換する人にはやがて行き場が無くなる。

はそれじたい畏れるべきもの、

純粋な、不可侵の、神の領域に属するもので、

欲は人間に属するものです。

父親(=森鴎外)を不可侵の聖域として愛した森茉莉はそれを識っていたのじゃ無いでしょうか。

「詩人のが肉に捉えられたときの悲劇」

と言ったのはヴァージニア・ウルフだったでしょうか。

男女の愛、という肉的な現実において詩人の心が敗北したとしたら、それはこのうえもない屈辱であり、悲劇いがいのものではありません。そして肉のともなわない精神の世界で詩人が愛を全うしたとしたら、

それは勝利です。現実の勝利では無く魂の勝利です。

愛において現実の勝利を目指すものは、完膚無きまでに敗北する。フローベールもトルストイも、多分言ってることはひとつです。

それは道徳、じゃなく真実だから時を超えて読まれるし、いつ読んでも「新しい」と感じられるのでしょう。

「女はひとりぽっちじゃ飛べない」といっても、

そもそもなんで「飛ば」なきゃならないのでしょう。

女の”深く根を張る、根を張りたい”という資質を、私は誇りにさえ思ったりします。

幼稚なところ、非現実的なところが少しも無く、クリエイティブで、興味を自分の領域で掘り下げ深めていく、のは女のもっとも得意とするところです。

女には「飛ぶ」必要など無く、男の才能や上昇性の翼にのって自分も飛びたい、

と希うのであればそれは愛ではなく欲じゃ無いでしょうか。

かすかな、しかし抜き難い違和感の正体はきっと、それだったのでした。

ーー以上、「安息日に神様のホームワークをやってみた」のレポートをお届けいたしました❣️

安息日に神様のホームワーク✏️📕📜。

(8/11 13:30記。)

今日は主の定められた安息日、一切の仕事をしてはならない日です。

ブログって仕事??

いや、仕事じゃないです。だから書いていいのだと思います。

誕生日まであと10日なので、ってワケでも無いのですが、

8月の2度めの安息日に、最近考えていたことを引き続き、

ちょっと突っ込んで掘り下げてかんがえてみたいと思います。

テーマは

愛と欲

安息日なのに重い(笑)!いや、実体験というより、

ある女性作家の文章や小説を読んで感じた愛と欲、なのでそう重く無いです、

ってやっぱり重いか。。。

まあとにかく、聖書を読んで祈るクリスチャンの身として、

神様のみことばに照らして愛、と欲、のちがいは何なのか、

じ〜っくり考えてみる日にしたいと思います。結論?が出たらそのレポート?

をご報告いたしますネ。これも神様のホームワーク。。。と言いかけて、

安息日に宿題やっていいの?!

と思ったら。。。

こんなみことばが❤️。

「安息日は、人のために定められた。人が安息日のためにあるのではない。だから、人の子は安息日の主である。」(Mark:2:27)

愛と欲。

もうすぐ誕生日だしセルフポートレート撮ってみましたIn my house.

何でも私は男に生まれる筈が、何かの間違いで女に生まれて来たらしい。

わかる。。。良い意味でも悪い意味でも。

美容院とかで女性誌を渡されて、読むとこ無くて焦ったりする(読めヨ!)。

新しくできたお洒落なカフェ、インスタ映え、興味無さ過ぎてマズイな、と思う。

別にマズくないか。いやちょっと(だいぶ)マズいか。

ずっと人生に当事者意識が希薄だった(今もその傾向は無いとは。。。言えません!)。

役割を全うすることに耐えられないし、何かを強制されるすべての状況が苦手で、

とにかく逃げる、のを繰り返してきた。

逃げたら負け、とか言うけれど、

逃げたから私は生きているし、幸せだったりする一面もある。大いにある。

先日ちょっと迷うことがあって、

ーこういう場合一体どうしたらいいのでしょうか、と神様に訊ねたら

何もやらなくていい。

と言われた。

やらなくていいのか。。。そうか。

余計なこと、ヘンな欲に基づいたことは

「何もやらなくていい」

。。。ということなんだ、と確信した。

Please give me a birth

to be newly born,

in Thy Light,Thy Life, the Eternal Love.

and may I be Thy bride

perfectly,completely,truly

to be the obedient,surrendered sheep of Thine.

ーmy birthday prayer(yet to come.)

だけど今回の人生、そう嫌いじゃない、っていうか結構好き❤️。本当に”何かの間違いで”女に生まれたなら気の毒っちゃ気の毒だけれど、女に生まれたからこそ女のいいところーー高く上昇するより深く根を張りたい、という資質が解るし、やっぱり音楽があるし、非常に自分に合っている、

と思う。

だってコミュ障で出不精だから。。。って意図せず韻を踏んじゃった!

ー今までの人生をふり返って、逃げるべき時に逃げられたのも、

取り組むべき時にその環境を与えられたことも、本当に感謝すべきことと思う。

そうやって出来た現世の「自分」、というものを使って、

残りの人生の時間、何が出来るのか考えてゆきたいし、

最善を尽くしてゆきたい、と心から思う❣️

賛美歌スケッチ“Lead me,guide me”。

ベアフォレスト賛美歌集💕のためのスケッチです。

こんな歌詞かナー。。。

上は思いつきで歌ったスケッチ、

下は歌詞をつけてチラッ、と歌ってみた

「今日の賛美」

です😊。

Lead me,guide me with all your heart

Lead me,guide me with all your love.

Oh,precious Lord,let me show my faith to thee

Please shine thy light for me.

Lead me,hold me close to your heart

Lead me,guide me with all your love.

Lord,’till the end of time

I am belong to thee.

Please let my hopes to be.

I’ll pray to praise You with all my heart

Remain in God’s Love and will never part

I’ll pray and praise You all through my life

Lead me,guide me with all of Your Love.

。。。うーん、賛美って本当に、

ラブソングと見分けがつかないどころか、

普通の“ラブソング”よりずっとずっと必死❣️

熱い❤️

ものなんだナ。。。

自分で書いててそう思います。

まだ↓途中ですが。。。ちかぢかちゃんと録ってみますので、

ぜひ聴いてくださいませ❣️🌈

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こちら↑は以前作った賛美「祈り求める時に」です。なんか楽しくなって来た、

もっと書くのだー😊!